2009.04.16 Thursday
ハレルヤ!ハレルヤ!ハレルヤ!
ある革命の夜、FMから流れるこれ以上ないほど辛気くさい歌に視界が濡れた。
ハレルヤ、、、くそっ、賛美の言葉をなぜそんな風に歌う? いいよ、くそったれの人生にハレルヤだ!
それがジェフ・バックリィの唄う「ハレルヤ」だった。
夜が明けるとすぐに彼のデビューアルバム「グレース」を買いに走った。勢い勇んでCDを再生して、期待を裏切られ、肩すかしをくらった記憶だけいやに鮮明に覚えてる。
といっても「グレース」は決して悪いアルバムではない。いや、そんな言い方は正しくない。「グレース」は相当完成度の高いアルバムなんだ。でも、FMで聴いた感触と何か違う。バンドスタイルだから? でも「ハレルヤ」は記憶と同じ弾き語りスタイルだし・・・
ジェフはこのアルバムを出した数年後、あっけなく逝ってしまう。死後、いくつかCDがリリースされたのをちょくちょく聴いてみたけれど、やはりどれもあの夜と同じ風にはいかなかった。
こうして次第に彼から興味を失い、自身の生活も妥協の上に妥協を重ね安定だけはするようになり、20代が終わった。
なので、ジェフのデビュー前のライブ音源がCD2枚組となって発売されても、収録曲の中にこのブログタイトルの元ネタVan Morrisonの曲が入っていなければ買ってみる気なんて決して起きなかったと思う。

Jeff Buckley / Live At Sin-e' Legacy Edition
ライナーを読み、そうかジェフの享年を越えてしまったのか、などと思いつつ取り敢えず再生してみた。
自身のテレキャスのみで歌うソロライブとのことだが、冒頭一発目だけはギターさえ使わず自分の体だけで音を出す。足を振り下ろし、手を打ち鳴らし、喉を絞り上げるジェフ!
何だこれは!?
デビュー前のライブなので収録曲の8割方はカバー曲だけど、昨今とみに多い、カラオケまがいのシロモノとは全く次元が違う。
ヌスラト・ファテー・アリー・ハーンのカバー!!!
このライブは曲の間にお客と冗談言い合ったり、ふざけた調子でツェッペリンやドアーズの有名曲を数小節歌ったりと、とても親密なものなのでジェフがカッワーリー特有の節回しで冗談ぽく歌い始めると客席では笑い声が起きる。でもジェフはいつまでも歌い続ける。そして次第に歌もギターも熱が入り完全に本域で歌い出すともはや笑い声など無く、会場はジェフと共にうねりはじめる。凄い!凄いしか云えない。。。
VANのカバー「Sweet Thing」と「The Way Young Lovers Do」は共にセカンドアルバム「Astral Weeks」の曲。VANを形容する時の「spiritual」というのはこのアルバムでのテンションの高さで付いた様なものだと思うのですが、ここでのJEFFも全くひけをとりません。
(因みに「Astral Weeks」のバックにはリチャード・デイヴィスやコニー・ケイも参加しているのでJAZZファンで未聴の方は是非聴いてみて下さい)
ジェフのギターも素晴らしいです。ギター1本でも音楽が小さくならず、それどころか大きく広がっていくかの様です。
録音はライブの雰囲気を満喫できる良好なモノですが、プロによるものなのか疑わしいです。微かにですが最初から最後までハムがずーと入ってるので、初めはアンプを疑ってしまいました。
2枚目13曲目の「I Shall Be Released」も凄い。
オリジナルはご存じボブ・ディラン作、ザ・バンドのデビューアルバム「Music from Big Pink」のトリを飾る曲。囚人の娑婆に対する想いと精神の囚人たる現代人の懊悩をダブル・ミーニングで描いた名曲。リチャード・マニュエルの消え入りそうな危ういファルセットで唄われるオリジナル・バージョンに比すべき繊細で浸透力のある世界に視界が揺れ滲む。バランスを失いかけて揺れているのかバランスを取るために揺れているのか・・・
テネシー・ウィリアムズの残した自嘲気味な自身の表現行為の喩えが思い浮かぶ(原典調べ直してないので間違ってるかも)
個人的な感動の叙情的表現--それは生涯を独房に収監される囚人が同胞に向かって呼びかける叫び声である
人間がいまだかつて自由であったためしがあるのかだとか、自由になる権利がどうとかなんてことは私にわかるはずもない。ただ、光り輝く未来に向け、叫び歌いあげた若者の声に揺すぶられて共に叫んだあの夜のあの瞬間にだけ、そのほんの刹那にだけ、何からも束縛されない真っ白な世界に放たれた気がしたんだ。
そして願わくば今夜も
ハレルヤ! ハレルヤ! ハレルヤ!
ハレルヤ、、、くそっ、賛美の言葉をなぜそんな風に歌う? いいよ、くそったれの人生にハレルヤだ!
それがジェフ・バックリィの唄う「ハレルヤ」だった。
夜が明けるとすぐに彼のデビューアルバム「グレース」を買いに走った。勢い勇んでCDを再生して、期待を裏切られ、肩すかしをくらった記憶だけいやに鮮明に覚えてる。
といっても「グレース」は決して悪いアルバムではない。いや、そんな言い方は正しくない。「グレース」は相当完成度の高いアルバムなんだ。でも、FMで聴いた感触と何か違う。バンドスタイルだから? でも「ハレルヤ」は記憶と同じ弾き語りスタイルだし・・・
ジェフはこのアルバムを出した数年後、あっけなく逝ってしまう。死後、いくつかCDがリリースされたのをちょくちょく聴いてみたけれど、やはりどれもあの夜と同じ風にはいかなかった。
こうして次第に彼から興味を失い、自身の生活も妥協の上に妥協を重ね安定だけはするようになり、20代が終わった。
なので、ジェフのデビュー前のライブ音源がCD2枚組となって発売されても、収録曲の中にこのブログタイトルの元ネタVan Morrisonの曲が入っていなければ買ってみる気なんて決して起きなかったと思う。

Jeff Buckley / Live At Sin-e' Legacy Edition
ライナーを読み、そうかジェフの享年を越えてしまったのか、などと思いつつ取り敢えず再生してみた。
自身のテレキャスのみで歌うソロライブとのことだが、冒頭一発目だけはギターさえ使わず自分の体だけで音を出す。足を振り下ろし、手を打ち鳴らし、喉を絞り上げるジェフ!
何だこれは!?
デビュー前のライブなので収録曲の8割方はカバー曲だけど、昨今とみに多い、カラオケまがいのシロモノとは全く次元が違う。
ヌスラト・ファテー・アリー・ハーンのカバー!!!
このライブは曲の間にお客と冗談言い合ったり、ふざけた調子でツェッペリンやドアーズの有名曲を数小節歌ったりと、とても親密なものなのでジェフがカッワーリー特有の節回しで冗談ぽく歌い始めると客席では笑い声が起きる。でもジェフはいつまでも歌い続ける。そして次第に歌もギターも熱が入り完全に本域で歌い出すともはや笑い声など無く、会場はジェフと共にうねりはじめる。凄い!凄いしか云えない。。。
VANのカバー「Sweet Thing」と「The Way Young Lovers Do」は共にセカンドアルバム「Astral Weeks」の曲。VANを形容する時の「spiritual」というのはこのアルバムでのテンションの高さで付いた様なものだと思うのですが、ここでのJEFFも全くひけをとりません。
(因みに「Astral Weeks」のバックにはリチャード・デイヴィスやコニー・ケイも参加しているのでJAZZファンで未聴の方は是非聴いてみて下さい)
ジェフのギターも素晴らしいです。ギター1本でも音楽が小さくならず、それどころか大きく広がっていくかの様です。
録音はライブの雰囲気を満喫できる良好なモノですが、プロによるものなのか疑わしいです。微かにですが最初から最後までハムがずーと入ってるので、初めはアンプを疑ってしまいました。
2枚目13曲目の「I Shall Be Released」も凄い。
オリジナルはご存じボブ・ディラン作、ザ・バンドのデビューアルバム「Music from Big Pink」のトリを飾る曲。囚人の娑婆に対する想いと精神の囚人たる現代人の懊悩をダブル・ミーニングで描いた名曲。リチャード・マニュエルの消え入りそうな危ういファルセットで唄われるオリジナル・バージョンに比すべき繊細で浸透力のある世界に視界が揺れ滲む。バランスを失いかけて揺れているのかバランスを取るために揺れているのか・・・
テネシー・ウィリアムズの残した自嘲気味な自身の表現行為の喩えが思い浮かぶ(原典調べ直してないので間違ってるかも)
個人的な感動の叙情的表現--それは生涯を独房に収監される囚人が同胞に向かって呼びかける叫び声である
人間がいまだかつて自由であったためしがあるのかだとか、自由になる権利がどうとかなんてことは私にわかるはずもない。ただ、光り輝く未来に向け、叫び歌いあげた若者の声に揺すぶられて共に叫んだあの夜のあの瞬間にだけ、そのほんの刹那にだけ、何からも束縛されない真っ白な世界に放たれた気がしたんだ。
そして願わくば今夜も
ハレルヤ! ハレルヤ! ハレルヤ!